執筆:岡田隆太朗
街歩きが人気だ。それも、単にその表層を消費する軽薄な弾丸ツアーではなく、建築や歴史に対する知識と教養を併せ持った上で、その土地に暮らすように旅をするというような、「大人な」建築・都市巡りが好まれている。地質学・都市史学の魅力を広く伝えた『ブラタモリ』や、大阪を一つの建築博物館と捉えた『生きた建築ミュージアム』が、大きな反響を得ているのはその代表例である。
特に東京や京都や大阪といった大都市においては、煉瓦張りの壁やアールデコ風の装飾が特徴的な「モダン建築・レトロ建築」が、都市に歴史の深みと彩りを与える存在として広く親しまれているようだ。あるいは京都や鎌倉と行った歴史都市においても、町家や古民家を改装したカフェ・ギャラリーが人気を博している。こうした傾向は、建築保存や地域活性の観点から見ても、歓迎される動きと言えるだろう。
さて、そんなモダン建築めぐりの隆盛に新たな一石を投じる意味で、このブログでは「奈良の近代建築(=大和モダン建築)」を取り上げる。無論奈良といえば古代の文化や国宝級の伝統建築を連想するのが一般であろう。多くの場合観光客が奈良に期待しているのは、都会の喧騒や近代的な刺激を癒せるような「穏やかさと雄大さを感じさせる風景」である。だからこれまで奈良のモダン建築は、市民からも観光客からも見過ごされてきた。
だがこのブログは、あえてその奈良の近代建築・都市計画にスポットライトを当ててみたい。別に奇を衒うつもりではない。当然筆者も、東大寺や興福寺や法隆寺、あるいは飛鳥の古墳群や吉野の桜を愛している。だが同時に、奈良の近代建築が持つ魅力は、東京や京都や大阪の近代建築にも全く劣らないものであると、筆者は心から感じている。
東大寺や春日大社を見に来たのであれば、奈良の近代建築にも目を向けてほしい。奈良公園の入り口にそびえる奈良県庁舎・奈良県立美術館・奈良県文化会館は旧国立競技場を設計した片山光夫であり、丹下健三や前川國男を思わせる和風の木造架構を鉄筋コンクリートに置きなおした戦後モダニズム建築が建ち並ぶ。さらに、県庁舎の前は、芝生の公園があり、片山東熊が設計した奈良国立博物館があり、木造の礼拝堂である奈良基督教会があり、ヨーロッパの都市のような空間配置が展開されている。
また、奈良の近代建築の特徴として、和風建築や和洋折衷建築の傑作が豊富な点が挙げられる。奈良市街地で言えば、辰野金吾が設計した奈良ホテルや山本治兵衛が設計した奈良女子大学、関野貞が設計した旧奈良物産陳列所など、大規模な近代和風建築が集積し、独特の風情を醸し出している。また、近くには志賀直哉自身が設計した、数寄屋風の造りに洋風の様式を取り入れた志賀直哉旧居など、多くの芸術家が集った戦前のモダン都市奈良の雰囲気を残す建築が残されている。旧JR奈良駅舎や鼓坂小学校舎など、RC造・SRC造でありながら仏教建築の文法を引用した、異様の体裁を持つ建築も目が話せない。
そして近年、山下啓次郎が設計した旧奈良監獄が話題になるなど、奈良の近代建築も徐々に注目を集めている。しかし、奈良の近代建築を扱った書籍が(観光ガイドレベルも含めて)まだ一冊も存在しないことが、筆者にとっては甚だ遺憾である。ましてや研究書レベルになると、奈良の近代を扱うものはほとんど通史レベルでしか存在せず、大きく遅れているのである。
このサイトは、奈良の美しい街並みと建築を豊富な図版で紹介し、寺社仏閣だけではない、モダン都市奈良を歩くための最良のガイドブックとなることを目指している。そして、古代へのノスタルジーと現代の消費社会の間で忘却されがちな「奈良の近代」に、多くの人が瞠目しより一層の注目が集まることを願うものである。
注意
本ブログで紹介している建築・都市空間は、一般に開放されているもの、飲食店などの形で利用されているものの他に、個人の所有であるもの、法人によって現在も使われているものなどを多く含みます。見学や撮影の際には、建物の所有者・管理者・利用者・近隣住民の迷惑にならないようご配慮の上、お楽しみください。