日本聖公会奈良基督教会教会堂|日本最古の和風教会堂

日本聖公会奈良基督教会教会堂(wikiより)

 キリスト教は西洋由来の文化であり、教会建築は当然西洋建築である。しかし、様々な事情で和風の外観・構造を持つ教会建築も、日本には幾つか存在した。

 例えば近世においては、1549年にキリスト教が伝来し、徳川幕府によるキリスト教禁教に至るまでの期間、日本では「南蛮寺」と呼ばれる寺院風の教会堂建築が建設されたという(ただし現存するものは一つもない)。また昭和初期においては、プロテスタント系の一派である日本聖公会によって建てられた和風キリスト教建築[1] … Continue readingが幾つか現存している。

 その中でも今回取り上げる奈良基督教会教会堂は、(昭和期の建築ではあるものの)現存する和風教会堂として最も古いものである。同時にそのデザインは、後続する木造教会建築の規範になったともされている。

 奈良市街一番の盛り上がりを見せる東向商店街と、同じく奈良市街地一番の名勝地である興福寺境内に挟まれた敷地に有る本建築だが、その喧騒を忘れさせる威厳と品格をたたえ、奈良の風致にも調和する雰囲気をまとっている。その隙のない佇まいは、奈良の近代建築が持つバランス感覚が遺憾なく発揮された好例と言えるだろう。

 なお本稿では、隣接する「親愛幼稚園園舎」についても解説する。

基礎データ

現名称日本聖公会奈良基督教会教会堂
旧称
所在地奈良市高畑大道町
設計者大木吉太郎
構造木造平家
竣工年昭和5年(1930)
利用状況礼拝・イベント利用可
見学条件要施設利用
日本聖公会奈良基督教会教会堂 基本データ

施設利用案内

礼拝・見学

  • 礼拝は日曜日は、10時30分から12時過ぎま。一般の出席歓迎。
  • 平日は見学・入場不可。
  • 土曜日・日曜日で、園児の利用がない場合のみ、午後1時頃から見学可能。
  • ただし、クリスマスなどのイベントに応じて開場時期・時間帯は変動するので、見学の際は要調査。

連絡先

  • 住所: 奈良県奈良市登大路町45(近鉄奈良駅出入口2番・3番より東向商店街を入り徒歩2分、JR奈良駅から徒歩15分、駐車場なし)
  • 電話: 0742-22-3818

成立背景

親愛幼稚園園舎(wikiより)
1885(明治18)年 アメリカ人牧師ジョン・マキムによって奈良での伝道が開始。二年後には、花芝町に旧教会が開設。
1929(昭和4)年 その後、現在の登大路の敷地に新会館(現園舎)が、翌年礼拝堂が完成する。
1982(昭和57)年学校法人親愛学園親愛幼稚園発足
1997(平成 9)年 国の登録有形文化財(礼拝堂・園舎・渡り廊下)
2015(平成27)年 奈良県指定有形文化財
2019(令和元)年 耐震工事開始
日本聖公会奈良基督教会教会堂 年表

建築について

日本聖公会奈良基督教会教会堂 玄関部外観(図版出処:岡田撮影)
日本聖公会奈良基督教会教会堂 玄関部外観(図版出処:岡田撮影)

平面構成

興福寺三重塔から、親愛幼稚園をみる(図版出処:岡田撮影)
興福寺三重塔から、隣接する教会堂をみる(図版出処:岡田撮影)
  • 敷地南側には興福寺三重塔、西側には東向き商店街に連なる旧奈良町が広がる。親愛幼稚園園庭からは、興福寺三重塔(国宝)を間近に眺めることが出来る。
  • 方形の敷地には、中央に教会堂を配置され、それに雁行する形で親愛幼稚園園舎が並走し、反対の東側には昭和14年建設の記念堂(待晨たいしん[2]待晨:晨とは夜明けのこと。忍耐を美徳とするキリスト教においてしばし用いられる表現である。)間を渡り廊下で接続する。

教会堂

日本聖公会奈良基督教会教会堂 聖歌隊席より、祭壇空間をみる(図版出処:岡田撮影)
日本聖公会奈良基督教会教会堂 聖歌隊席より、祭壇空間をみる(図版出処:岡田撮影)
  • 柱間は13尺を基本単位とし、桁行91尺(約27.5m)、梁行(約7.8m)、最大梁間58.5尺(17.7m)程度。
  • 北側に内陣ないじん[3]内陣:教会建築において、聖職者席や祭壇などが設置される空間のこと。が、南側に外陣げじん[4]外陣:教会建築において、一般信者が立ち入る空間のこと。が配置され、翼廊よくろう[5] … Continue readingはない。列柱で身廊しんろう側廊そくろうを3列に区切る、素朴な構成のバシリカ形式(三廊式)教会である。
  • 外陣の柱は角柱であるが、内陣の柱は円柱となっている。これは伝統建築において角柱より円柱のほうが格式が高いことに由来すると考えられる[6] … Continue reading
  • 玄関口は建物西側面の南端より突出し、銅板葺春日造かすがづくり[7]春日造:神社建築に見られる建築様式の一種。切妻造の妻面に入り口を設け、正面に片流れの庇を設ける。の屋根がかかる。
  • 玄関口の対面、建物東側面南端にも突出部分を持ち、こちらは聖洗所を設ける。屋根は銅板葺の切妻。
  • 内陣は北半分を祭壇空間アプス、南半分を聖歌隊席クワイアとし、両空間の境目には高欄こうらんで仕切られている。周歩廊がない代わりに聖歌隊席の東側には和室(控室ベストリー)が設けられている。
  • 外陣北西隅には渡り廊下が設けられ、隣接する親愛幼稚園園舎に接続する。

幼稚園舎

隣接する親愛幼稚園 園舎(図版出処:岡田撮影)
隣接する親愛幼稚園 園舎(図版出処:岡田撮影)
  • 規模は教会堂と同程度。ほぼ矩形の平面を持ち、東に一直線に走る廊下と北部に物入れと便所のほかは、板張りの主室が一室のみというシンプルな構成である。
  • ただし主室内部は4室に区切ることも出来、特に最も北側の空間は床が一段高く、ステージ状になっている。

立面

  • 白漆喰の真壁造に腰板貼。柱頂には舟肘木を載せて桁を支えるなど、規模は小さいながらも奈良公園周辺の近代和風建築(旧奈良県庁舎奈良ホテル物産陳列所旧戦勝記念図書館)に類似する特徴の立面といえる。実際その設計にあたっては「奈良ホテルに準ずるならば」という条件のもとに設計が許されている。
  • 教会の対称性を考えれば南が正面であるが、玄関部が敷地入り口である西側面に設けられているため、南面は4組の引違いガラス窓を開けるに留められる。ただし、中心軸に位置する窓のみ4枚引き違い窓で、かつ屋根庇が切り上げられているなど、一定の中心性・対称性が見られる。

屋根

  • 教会堂本体部分については、外陣身廊部分には南北棟方向、内陣部分は東西棟方向に、それぞれ直行するように桟瓦葺さんがわらぶき入母屋いりもや屋根がかかる。(構造的には橦木造しゅもくづくり[8] … Continue readingに近い)。また、桁行方向の梁と南側妻部分に鉄骨材による補強が施されている。
  • 大屋根に加えて、その一段下には銅板葺の腰屋根が、昇降口・聖洗所・控室の屋根と一連となってめぐらされている。
  • 幼稚園舎はシンプルな桟瓦葺入母屋造り。
  • 内部構造は、キングポストトラス[9]キングポストトラス:真束組とも。束材・斜材・弦材で構成されており、山方の屋根を支える洋組トラス構造軸組として最も主流のもの。の小屋組みに桔木はねぎが組み込まれる。構造的にも和洋折衷と言えるだろう。
  • 屋根瓦は瓦宇工業所のもの。大鬼瓦・隅鬼瓦はともに数珠掛じゅずかけ鬼瓦[10]数珠掛鬼瓦:外周部に、半球状・円形状の模様が連続的に付けられている鬼瓦で、飾り部分には大理石の洗礼盤同様、マルタ十字と鳩の家紋をあしらった装飾を刻む。
  • 玄関の棟先・大棟の橦木交差部・南端には、雲形の足をつけたラテン十字が掲げられている。

内装

  • 教会堂・幼稚園舎ともに組入格天井
  • 列柱は外部の柱同様頂きを舟肘木でささえる。身廊と側廊の堺には長押を回し高欄を巡らせ、十字模様をあしらった照明器具を吊るす。
  • 上述の高欄に加え高窓クリアストーリー側廊窓トリフォリウムには、菱組ひしくみ櫺子れんじの格子があしらわれる。ただし、外陣と内陣を隔てる欄間のみ唐草模様をモチーフとした凝った意匠が与えられており、これが教会内部の対称性や空間の序列を強調している。
  • 内陣奥の通常ステンドグラスなどが掲げられる位置には、川島織物の中嶋鉄利による西陣織のタペストリー作品が飾られている。かつては鳥の子紙[11]鳥の子紙:和紙の一種。表面がなめらかで艶があり、耐久性にも優れたため、平安時代より上流社会で好んで用いられた。を貼った襖状の障壁であった。
  • また、建物南面には、昭和62年(1987)に礼拝堂設立100周年を記念して、18ストップの平行ペダル、パイプ数1200本を誇る、ドイツのウエルナーボッシュ社製(1987年)の巨大なパイプオルガンが設置された。
  • 教会堂・幼稚園舎・正門はもちろんのこと、会堂家具45点(聖卓1、一人掛椅子2、長机(小)2、長椅子(小)4、祭具机(大)1、祭具机(小)1、説教台1、聖書台1、長机(大)2、長椅子(大)30)や設計図面147枚が、国指定重要文化財に登録されている。

参考文献

References

References
1 和風キリスト教建築:日本聖公会彦根聖愛教会スミス記念堂(昭和7年)・日本聖公会上田聖ミカエル及諸天使教会(昭和7年)・日本聖公会桃山基督教会礼拝堂(昭和12年)・片瀬聖ヨゼフ・カトリック教会(昭和14年)が挙げられる。また現存しないものでいえば、熊本降臨教会礼拝堂(大正13年)や奈良天主堂(昭和7年)が記録されている他、西洋風の外観であるが上野聖ヨハネ教会(昭和12年)もまた、宮大工本大木吉太郎によって建設されたという点において、本建築と共通する。
2 待晨:晨とは夜明けのこと。忍耐を美徳とするキリスト教においてしばし用いられる表現である。
3 内陣:教会建築において、聖職者席や祭壇などが設置される空間のこと。
4 外陣:教会建築において、一般信者が立ち入る空間のこと。
5 翼廊:教会建築にみられる、外陣と内陣の間を区切る廊下のこと。翼廊を設けることでより大人数の参拝者を収納できる上に、建築の平面図が十字状になることから、より規模の大きな教会建築で用いられた。袖廊とも。
6 円柱と角柱:一本の丸太の内、建築用材として使えるのは丸太の中心部分のみである。故に、円柱を切り出すときは丸太を一旦角材に加工し、その上で角材→八角柱→十六角柱→円柱と削り出すのが一般であった。こうした事情から、円柱の生産には太く良質な木材が必要であり手間もかかるため、向拝こうはい裳階もこし控柱ひかえばしらなどには略式である角材が用いられた
7 春日造:神社建築に見られる建築様式の一種。切妻造の妻面に入り口を設け、正面に片流れの庇を設ける。
8 橦木造:橦木とは鐘・たたきがねけいを打ち鳴らすハンマー状の仏具のこと(シュモクザメの語源でもある)。橦木造りとは、入母屋と切妻・入母屋と入母屋などの屋根を垂直に接続した、仏教建築に用いられる屋根構造の一種である。上空からみれば、日本の棟木がT字型に並ぶことからつけられた名前と思われる。
9 キングポストトラス:真束組とも。束材・斜材・弦材で構成されており、山方の屋根を支える洋組トラス構造軸組として最も主流のもの。
10 数珠掛鬼瓦:外周部に、半球状・円形状の模様が連続的に付けられている鬼瓦
11 鳥の子紙:和紙の一種。表面がなめらかで艶があり、耐久性にも優れたため、平安時代より上流社会で好んで用いられた。

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