入江泰吉といえば、半世紀に渡り戦後奈良の仏像、風景、伝統行事、万葉の花を撮影した写真家である。その膨大な作品は現在でも高く評価され、文化的・芸術的価値はもちろんのこと歴史的・資料的な観点から見ても非常に貴重である。写真以外にも多趣味であったとされ、第206世東大寺別当・上司海雲、文豪・志賀直哉、画家・杉本健吉、随筆家・白洲正子をはじめ、多くの文化人とも親しかったとされる。
そんな入江泰吉の自宅兼アトリエが、東大寺境内にほど近い住宅街にてひっそりと公開されている。
近隣に並ぶ東大寺の諸建築や明治の名庭園と比較すれば、地味で目立たない小さな邸宅かもしれない。
しかし、建物そのものは江戸時代の邸宅を改造した歴史あるものであり、かつ大正モダンの艶や奈良公園の自然景観も巧みに取り入れられている。大正期の文化人の住宅らしい佇まいを現代に残す、貴重な建築と言えるだろう。
目次
基礎データ
現名称 | 入江泰吉記念奈良市写真美術館分館 |
旧称 | 入江泰吉旧居 |
所在地 | 奈良市水門町 |
構造 | 木造平屋(地階付き) |
竣工年 | 大正8年(1919年) |
見学条件 | 自由(見学料あり) |
利用案内
- 開館時間 AM9:30~PM5:00(入館はPM4:30まで)
- 休館日 毎週月曜日(祝日の場合はもっとも近い平日)
- 入館料 個人:200円 団体(20人以上):一人100円
成立背景
大正8 (1919)年 | 正法院家住宅(吉城園)の建て替えに伴い、同地にあった建築を移築。(移転者は不明) |
昭和24 (1949)年 | 入江氏が当地に転居。 |
平成11 (1999)年 | 入江氏遺族より、敷地が奈良市に寄贈。 |
平成21 (2009)年 | 保存世日基本方針計画が策定。高畑にある写真美術館の分館としての利用が決定。 |
建築について
全体像
- 主屋北側に入り口である棟門を開く。
前庭から反時計回りに裏庭を経由して中庭へと続く。敷地の高低差を生かした視界の変化が楽しめる構成となっている。
主屋中心部
大正8年に移築された中心部分は、四間取り[1]四間取り:日本建築の間取りの一種。田の字型に4つの部屋を並べる構成であり、民家などに幅広く見られる。に四畳半の和室を突出させ、入母屋屋根をかぶせた構成であり、近世の建築と見られる。
玄関
四間取りのうち、東側の玄関は軒が張り出され、脇に丸窓を設ける。
かつては土間であったが現在は床が張られており、やや唐突な印象の玄関構えとなっている。
玄関の間には、杜若の刺繍が施された衝立、扇をモチーフとしたふすまの取手、釣床など。
座敷
玄関に面する八畳の座敷は、変木の床柱に違い棚と付書院、竿縁天井といった標準的な構成。かつては編集者などの打ち合わせで用いられた。
座敷には入江氏の蒐集・製作した書画骨董が並ぶ。
- 座敷の隣室には入江氏が当時から利用していた机やソファが並び、庭の木々を臨む。
茶室
玄関上手の五畳の和室は茶室に改造され、葦簀張りの掛け込み天井や給仕口が備わる。
書斎・アトリエ
- 後年にはこの中心部に加えて、南側に四畳半の水回りが、北部には雁行する形で和室や書斎部分が建設された。
- 書斎には写真のみならず、書画骨董を中心とするあらゆる入江氏の蔵書が残される。
その他
その他、入江氏の死後も数度の増改築を経て、現在の姿に至る。
- 敷地南側には中庭を挟んで別棟(写真現像用の暗室)が建つ。
参考文献
- 国立文化財機構奈良文化財研究所 編『奈良県の近代和風建築 : 奈良県近代和風建築総合調査報告書』奈良県教育委員会、2011。
References
↑1 | 四間取り:日本建築の間取りの一種。田の字型に4つの部屋を並べる構成であり、民家などに幅広く見られる。 |
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