奈良県物産陳列所|洒脱で優雅な寺院風モダン建築

旧奈良県物産陳列所 (wikiより)

 関野貞という建築史家は、奈良の史跡名勝にとっては恩人のようなものかもしれない。1895年に「鳳凰堂建築説」を卒業論文として東京帝国大学を卒業したのち、翌1896年には古社寺保存委員として奈良に赴任。そこからわずか五年の間に奈良で無数の古建築の発掘・調査・修理を行った。現在では誰もがよく知る平城宮址を発掘したのも彼の調査によるものである。

 さて、建築史・美術史・考古学の研究者として名高い関野であるが、古社寺修繕の延長として新築設計を手掛けた事例が、わずか一件であるが奈良公園に存在している。春日大社参道と奈良国立博物館敷地に挟まれた、この旧奈良物産陳列所がそれである。

基礎データ

旧奈良県物産陳列所 (wikiより)
現名称奈良国立博物館 仏教美術資料研究センター
旧称奈良物産陳列所・奈良県商品陳列所・奈良県商工館・奈良国立文化財研究所春日野庁舎、など
所在地奈良市登大路町
設計者関野貞
構造木造平屋建て
竣工年明治35年(1902)
利用状況法人所有
見学条件要施設利用・期間限定
奈良物産陳列所 基本データ

施設利用案内

施設案内 – 仏教美術資料研究センター|奈良国立博物館

奈良国立博物館の公式サイト。国宝、重要文化財など多数展示。〒630-8213 奈良市登大路町50. TEL:0742-22-7771/FAX:0742-26- 7218 近鉄奈良駅から徒歩15分です。

史料閲覧・複写・レファレンス

  • 毎週水・金曜日
    (ただし、祝日・休日、12月26日から翌年1月4日までは休館)
  • 午前9時30分から午後4時30分まで(複写は午後4時まで)

見学

  • 春季に1日だけ特別一般公開有り。
  • 具体的な日程や時刻は、2月、もしくは3月ごろ、奈良国立博物館HPにて掲載。

成立背景

設計は当時奈良県技師として古社寺保存修理事業に尽力した建築史学の関野貞。建坪223.9坪、建設費25814円。その利用目的は当時の物産陳列所規則二条に下記の通りある。

県内物産ノ改良振興ニ資スル為メ、本県所産ノ農産工産林産水産鉱産ニ関スル物品及参考上有益ノ内外国物品ヲ陳列シ公衆ノ縦覧ニ供ス

明治31(1898)年県下の殖産興業と物産の展示販売をおこなう施設として建設費が可決。
明治35(1902)年完工・開業。 
大正10(1921)年「奈良県商品陳列所」に改称。
昭和9(1934)年「奈良県商工館」に改称。
昭和27(1952)年文化財保護委員会の附属機関として奈良国立文化財研究所が設立。その庁舎として所管が移動。
昭和55(1980)年奈良国立文化財研究所の移設により空き家に。
昭和58(1983)年建物が重要文化財に指定。同年には奈良国立博物館仏教美術史料研究センターに移管され、仏教美術に関する文献や史料の保管・収集・整理を担う施設となる。
平成23(2011)年尾田組によって内外装の改修が施される。
奈良物産陳列助 基本データ

建築について

旧奈良県物産陳列所 正面 (wikiより)

平面構成

  • 設計者の関野貞の卒業研究が宇治の平等院鳳凰堂であったことから、本建築もその影響下にあったとする論が非常に多い。事実、入母屋造の中央楼から東西両翼に切妻造廊を伸ばす対称性の高さや、その先に設けた宝形造の楼は、平等院鳳凰堂を彷彿とさせる。
  • 施工者は、後に「奈良県立戦捷紀念図書館」を設計した橋本卯兵衛である。そのため、両建築は一部意匠に共通点も見られる。
  • 一見2階建てに見える外観であるが、中央楼と両翼の楼閣は内部が完全に吹き抜けとなっており実質平屋建てである。

立面

  • 白漆喰の真壁造に腰板貼。柱頂には舟肘木を載せて桁を支えるなど、奈良公園周辺の近代和風建築(奈良ホテル・物産陳列所・旧県庁舎・旧戦勝記念図書館)に類似する特徴の立面といえる。
  • ただし真壁造なのは外部のみで、内部は大半が大壁造である。漆喰で塗り込められた真っ白な室内は、従来伝統的な日本建築にはない清廉でも旦な印象を与える。
  • 前述の通り平等院鳳凰堂からの影響をしばし指摘されるが、細部の意匠にはむしろ飛鳥時代や鎌倉時代の仏教建築的装飾が積極的に利用されており、同じく関野貞が修復を手掛けた法隆寺(飛鳥時代)や新薬師寺(鎌倉時代)の影響も極めて強い。
中央楼下層 車寄せ(岡田撮影)
  • 中央楼下層には、正面に唐破風からはふ屋根の車寄が設けられる。
  • 柱頭には出三斗でみつとが組まれ、前面には虹梁こうりょうが架かり、本蟇股ほんかえるまたが載り、車寄せの妻には猪目懸魚いのめげぎょが飾られる。
  • 加えて、上層部との境目には人字型割束にんじけいわりづかが見られる。
  • いずれも、古代~中世にかけての仏教建築を意識したものと言える。
  • 一方、中央楼上層の立面は極めて独創的。
  • 妻部分二重虹梁蟇股にじゅうこうりょうかえるまた妻飾に、蕪懸魚かぶらげぎょを設ける。
  • さらに四面の壁には「洋風の細長いガラス窓」「極めて細く繊細な跳高欄はねこうらん」「イスラム風の八弁花意匠を取り込んだ円形飾り窓」など、特異な意匠が複合的に採用されている。
両翼に伸びる側廊(岡田撮影)
  • 両翼に伸びる廊においては、柱間いっぱいに広がる引違いガラス窓が連続し、他の奈良近代和風建築以上に水平性が強調されている。また、越屋根に設けられた高窓からも採光を取れることから、内部は非常に明るいものとなる。
西楼(岡田撮影)
  • 端部の翼楼には昇降口が設けられるが、その庇を支える横架材には板蟇股いたかえるまたがあしらわれており、中備として大瓶束たいへいづか笈形おいがたを掲げる。

参考文献

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